農業作業息吹/第89号 | 人と農・自然をつなぐ会





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第89号 2010年12月/2011年1月合併号

一枚の写真
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 私には忘れられない一枚の写真がある。
同じ村に住む80歳代のお年寄りの家を訪れた際に昔の写真を何枚も見せてもらった。おじいさんがまだ若い頃、おそらく今から60年ほど前に村で撮った1枚は今は無き村の小学校の前に大勢の児童が整列している。私の関心はその学校でもなく、子どもたちでもなく、背景に広がる景色に向いた。百姓をしていると、どんな場所を訪れてもまず目が向くのは畑や土だ。写真を見ていても自然と目は周りの自然風景や畑を見ていた。その背景に見慣れない作物が育っていた。スッと伸びた姿は稲にも似ているが、少し違う...おじいさんがそれは小麦だと教えてくれた。昔は冬に裏作としてどの田んぼでも小麦が作られていたとも話してくれた。今、私の村で冬期に小麦を作る農家は一軒もない。だから私も小麦を食べてはいても、その育っているところを見たことがない。たった60年で村から消えてしまった作物。私にとって、それは大きなショックで今でも深く心の中に残っている。
 小麦が消えたのは私の村だけでなく、全国規模で起こった。なぜ日本の農村から小麦は消えたのか...。それを理解するには戦後日本で何が起こったかを理解する必要があった。1979年に出版された「アメリカ小麦戦略-日本侵攻」(高嶋光雪著)という本には今日の状況がいかに政治的につくり上げられたのかが克明に記されている。それによると、戦後アメリカでは農産物の過剰生産と在庫を大量に抱え国家財政を圧迫していたため、その余剰農作物を海外へ輸出する政策をすすめ、日本がその標的となった。米が主食である日本に小麦を普及させ大量に輸出するためには、日本人の食生活をパン、畜産物、油脂類という欧米型に転換させるという作戦がひそかに遂行され、これを一般に「アメリカ小麦戦略」という。そして「栄養改善運動」の名のもとにアメリカからの膨大な資金提供を得て日米の官民あげて食生活欧米化の推進が行われるが、その真の狙いは日本人の健康ではなくアメリカが長期間安定して大量の余剰農産物を日本に送り込むことであったことは国民には全く知らされていなかった。国民不在のまま食生活や食糧問題の議論が進められ、「米を食ったら馬鹿になる。これからはパンを食え」などという掛け声の下、子どもたちの学校給食の献立が決められ、日本全国にアメリカン・トレインが走ったことは恐ろしい。当時、アメリカが日本に輸出したかった主な農産物は小麦、大豆、トウモロコシで、現在を1960年代と比較するとどれも自給率が著しく低下していることから、これらの数値はアメリカ戦略の成功をはっきりと表している。戦後の食糧自給率の著しい低下、その原因とされる日本人の食生活の変化には実はこのような経緯があったことを知ることは今後日本の農と食を立て直すうえで不可欠なことだと思う。
 そして今、私たちの目の前で同じ過ちが繰り返されようとしている。管首相は10月の所信表明で環太平洋連携協定(TPP)への参加検討を宣言した。TPPで例外品目なく関税を撤廃する貿易自由化がされれば日本農業は壊滅的状態に陥る。「日本は今再び大きく国を開く決断をした」と首相は言うが、戦後すでに国を大きく開き大量の安価な輸入農産物は日本農業を破壊し農村を疲弊させた。辛うじて繋ぎとめている農村の最後の火も吹き消そうというのか。あまりにも無知な発言に強い憤りを感じた。「開国」という華やかな言葉の背景にあるもの...そこには世界貿易量の4割を占めるアジア市場進出というアメリカの狙いと自動車や電機など日本の輸出企業の利益という欲ある。外国や企業の利益よりも国民の暮らしと健康を守るのが本来の政府の役割ではないのか。このままいけば、小麦のように米や田んぼが日本の大地から消え、私たちの子孫は田んぼを写真だけで見る時代になってしまうのではないか。
 もちろん現在の状況は政府だけの責任ではない。20078年にかけて世界を襲った食糧危機では食料品価格の高騰や農業大国の輸出規制など、世界中を震撼させた。日本国内でも自給率向上の関心が急速に高まった。その2年後となる今、当時の熱はどこへ行ってしまったのだろう。どれだけの人がまだ食糧危機とその当時の不安を覚えているだろうか。私たち日本人は政府やマスコミの巧みな話術を丸呑みするのではなく、自分たちでしっかり考えなければいけない。そしておかしいと思ったことに対してははっきりと「No!」を突き付けることで、自らの暮らし、環境、文化などを守っていける。
 今年の冬から数年前に無農薬野菜で新規就農した友人と一緒に小麦づくりに挑戦している。11月中旬に田を耕し、排水用の溝を掘り、種を蒔く。今はまだ茶色い土が剝き出しの畑に小麦が青々と葉を広げ、初夏には金色の穂が風に揺れる様を想像するだけで心が弾む。百姓にとってひとつの作物が増えることは、何十倍もの豊かさとなってかえってくる。小麦ひとつとっても、うどん、パン、醤油、味噌、金山時味噌...あげ始めたらきりが無い。日本でも少し前までは小麦が村々の畑で風に揺れていた様を想像し、私に大きな衝撃を与えた一枚の写真を大切に心の中に留めておくことで今後百姓として私が進む道が見えてくる。私たちが気付かないうち、知らないうちに失われていくものを、少しでも守り伝えていく仕事が出来たらと小麦畑を前に思った。食と農を通して生まれる温かい人と人との繋がりに深く感謝しつつ。
2011年もどうぞ宜しくお願いします。

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無農薬茶メニュー.png無農薬紅茶メニュー.png無農薬みかんメニュー.png無農薬味噌メニュー.png小麦メニュー.png

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