第98号 2011年10月
放射能汚染を前にして
9月に日本列島を襲い甚大な被害をもたらした台風15号は私たちの地域にも少なからぬ影響を与えていった。イチゴのハウスが風で吹き飛ばされ、骨組みもグニャリと曲げられ、収穫前の田んぼの稲は黄緑色のカーペットを敷いたようにベッタリと倒され、農家は早すぎる収穫を余儀なくされた。茶畑へと続く農道も何本もの木が倒れ道を塞いでいるため、それらの木をチェーンソーで切りながら進まなければならない。そして茶畑へ到着すると...まわりの林から飛ばされた枝葉が収穫前の茶樹に積っている。10月4日から始まった我家の秋番茶の収穫は茶木の上に吹き飛ばされてきた落葉拾いから始まった。豊かな自然の中で生かされ、時として自然の威力の中で為す術もなく立ちすくむ。嵐が過ぎ去った後は、また立ち上がり、ただ黙々と片付けに追われる。自然に近い所に身を置き生きる者としては避けることのできないことだ。落ち葉は拾えば済むこと。それ以上に怖いものは実は目に見えないものだと思う。
福島原発事故以降、茶の放射能汚染が心配される中、消費者の方々に少しでも現状を理解してもらおうと我が無農薬茶生産グループでは自主的に放射能検査を行い、その結果も全て公開している。基準値以下とはいえ残念ながらセシウムは検出されている。ただ、嬉しいことに数値は徐々に減少し、新茶の生葉では約60ベクレルだったものが、2番茶では35ベクレル、秋番茶では6ベクレルまで下がったことに、ひとまず安堵している。
3・11以降、私たちは否応なしに選択を迫られている。「逃げるか、逃げないか」、「何を食べるか、食べないか」、「原発は必要か、否か」...すべてが私たちの暮らしや命と直結した問題であり、簡単に答えが出るものではない。食に関しても、国産ではなく外国産を今は買うべきという議論が聞かれる。その一方で福島を応援しようと福島コーナーが特設されている売り場もある。あまりにも様々な情報や意見が飛び交い、何を信じたらよいのか分からなくなるような時だからこそ、私たちは自らの『軸』をしっかり持たなければならない。放射能は確実に日本の大地、水、空気、生命、食糧を汚染した。国産の農作物や食糧への被害も公表されているものばかりではないにせよとても深刻だ。起きてしまった汚染を前に、私たちは何を大切にし、今後どう生きていくのか?
生産者として一つ伝えたいことがあるとすれば、農作物は単なる食べ物ではなく、それは大地と結びつき私たち人間と自然を結ぶ役割を果たしているということ。北から南へと変化に富んだ日本の気候風土の中で農業はその土地と結びつき発展し特有の文化を築いてきた。これまで海外の多くの国を見てきたが、こんなに小さな国の中にこれほど多様で豊かな文化と地域性を持つ国は珍しい。それが私たち日本人の原点であると言えると思う。農業を失い、食を失い、地域を失うことは私たちのアイデンティティ、すなわち『軸』を失うことでもある。
少しでも安心して地域で生産された農作物を食べてもらうためには、行政の介入が不可欠だ。流通するすべての農産物と食品の放射能検査を行い結果を公表する、そして損害賠償などの補償制度も確立する必要もある。原発という大きな過ちを犯してしまった今、私たちの原点である地域をいかに守るかが問われている。